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夏の釣り、父の記憶

夏の釣り、父の記憶(慶應釣魚会: 会報誌 令和3年1月寄稿文)
(大学の釣りサークル会報誌に書いた文章を一部抜粋しました)

つり人は、誰しも、不完全な夏を持っている。
空の深い青と乱反射する渓の緑、強い陽射しで影絵になった大樹、夏に揺らぐ友の陽炎。

そこに在ったはずの無数の物語が、記憶の中にだけ廻り続ける。
毎年訪れる夏と重なっては遠ざかる結晶化された永遠の夏。

確かなものは、何もない。

それでも私たちは、夏の完成形を知っている。
渓流を登る時、大海原を見渡す時。はるか少年の日に過ごした、永遠の夏がそこにある。


2019年の初夏。北海道の5つの湖を巡る旅に出た。

その年の4月、父が白血病で亡くなった。
父はとにかく本が好きで、闘病中も一時退院の機会をみては神保町の古本街によく行った。
遺品整理の時、膨大な書物が出てきたが、釣りを題材とした本が多いことに驚いた。アイザック・ウォルトン、ノーマン・マクリーン、開高健 …。
父の本はすべて僕が引き受けた。膨大な書物の森で、思索の時を過ごす。
まるで風にページがめくられるように、ゆっくりと。父と行った釣りの思い出、あの夏の記憶が蘇ってきた。

「北へ行け」。父にそう言われた気がして、旅へ出た。

 

6月の初夏といっても気温は30度を超え、北海道は真夏の様相を呈していた。
支笏湖、阿寒湖、屈斜路湖、朱鞠内湖、然別湖。5つの湖を14日かけてまわった。どの湖でも良い釣果に恵まれ、たくさんの人と出会いがあった。

その中でも、特に心に残る1匹との出会いは、朱鞠内湖だった。
森に囲まれ、フィヨルドのように切り込んだ地形に、無数の島々が点在する朱鞠内湖。
周りの森と空がくっきりと浮かび上がる静かな湖面に、思わず息をのむ。
その日は朝4時に出船し、お気に入りの離島に渡った。

 

思えば、中学の頃、父と行った初めての釣りは海のルアー釣りだった。
夕暮れまで父と釣りをして、大きな鱸を釣った。
学生から社会人となり、住まいが変わり、友人が変わり、仕事や社会に対する考えも変わった。
けれども、湖に向かい、自分を見つめ直す時、釣りへの思いや情熱は、あの頃と何も変わっていないことに気づくことが出来る。

島を歩き、魚を探し、試行錯誤しながらルアーを操る。
大きく張り出した岬へ13cmのフローティングミノーを通すと、鋭く、けれども重量感のあるバイトで目が覚める。
突然のことたが、後追いで2度フッキングを入れる。
瞬間、首振りで、ドラグが小刻みに出されているのを見て、この糸の先にいる魚が、これまで掛けた魚とは桁違いの大物だと直感した。

 

岸辺からほぼ垂直に深場となる、絶壁のエリアで魚が喰いついた。
だから水中の切り株に糸を巻かれる危険性は少なかった。
その反面、足場が悪く、僕は動けない。
魚が泳ぐだけでドラグが出されるが、暴れさせないように、ひたすら耐える。
5,6回、沖の深場へ向かう激しい突っ込みをかわして、7度目のリフトで水面近くに浮かせた。デカい。ただ、デカい。それだけだった。
ランディングネットで掬えるサイズをはるかに凌駕していた。
わずかながら、断崖にある浅瀬の平場へ魚を誘導して、素手で抱えて横たわらせる。
不思議と大きな抵抗もなく、目の前に1メートルを超える巨大魚が、威風堂々と、それでも静かに虚空を眺めていた。

 

1メートル13センチの大物イトウだった。
嬉しい気持ちもあった。
けれども、朱鞠内でいつかは釣りたいと思っていたメーターオーバーを釣ったことに、畏怖の念を抱く。
この大きさになるまで、どれだけの時をこの湖で過ごしてきたのだろうか。
10年か20年か、途方もないような時間を水の中で生きてきたのだろう。

宿に戻ると、僕は何人かのごく親しい友人に、大きなイトウを釣ったことを静かに話した。
長年この地でガイドをする知人が、湖のレコードフィッシュだと教えてくれた。
なぜか自慢する気にも、謙遜する気にもならなかった。
ただ、こころの湖に波紋が幾重にも広がるようにゆっくりと、優しい気持ちが満たされ、朱鞠内の主のようなイトウが悠々と泳ぐ姿を想像した。

きっとこの1匹は、父が釣らせてくれたのだ。

 

この夏もまた、永遠の夏に結晶化され、遠ざかっていく。

父と過ごした、少年の日の夏休み。夕暮れの時を僕は水辺で迎えていた。
そこではすべてが流れていた。
水が流れ、風がながれ、そして時がゆったりと流れていた。
昔も今も、流れるものの中に僕の目眩がある。感動がある。
それがいつも僕を新しい境地へとつき動かしてくれるチカラとなっている。

魚釣り。水、風、魚、人との素敵な出会い。
少年の日の目眩を今も忘れがたく思っている人々に、 この儀式を僕は広くすすめたい。

 

令和3年1月 慶應釣魚会OB会 寄稿
 
 

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